田川簡易裁判所 昭和44年(ろ)9号 判決 1969年10月29日
被告人 重藤暢明
昭二二・一一・八生 地方公務員
主文
被告人は無罪。
理由
本件公訴事実の要旨は、
主位的訴因として、被告人は昭和四十三年十月十二日午後六時二十分頃、普通乗用自動車(北九州五せ一九六号)を運転し、福岡県田川郡添田町大字添田添田公民館前附近の添田町役場方面から英彦山方面に通ずる県道のまがりかど附近を進行するに当り徐行しなかつたものである。
予備的訴因として被告人は前記日時車輛を運転し、添田町役場方面から英彦山方面に通ずる県道を同方面へ向け時速約四十粁にて進行し同町大字添田添田公民館前附近交差点に差しかゝり右折しようとしたが、該所は右方の見とおしがきかない場所であつたから出合頭の衝突を避けるため減速徐行して進行すべきであるのに之を怠り対向してきた城戸チヱ子(当二十五年)運転の普通乗用自動車に自車を衝突させて之を破損させ、もつて道路交通の状況に応じ他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなかつたものである、というのである。
ところで吉岡潔の司法警察員に対する供述調書(中略)を総合すれば、被告人は昭和四十三年十月十二日午後六時二十分頃普通乗用自動車(北九州五せ一九六号)を運転し、福岡県田川郡添田町大字添田添田町役場方面から同町大字英彦山方面に通ずる県道小倉日田線を同方面へ向け道路左側部分の中央線近くを時速約四十粁で進行し、同町中央公民館前附近に差しかゝつた際、道路中央線を越えて時速約三十五粁で対向してきた城戸チヱ子運転の普通乗用自動車の右前部と自車右前部が衝突し、若干押し戻されて停止したこと、右衝突地点は前記県道から同町津野方面に通ずる県道津野添田線が分岐する変形交差点の手前に位置し、その道路状況は歩車道の区別のない、制限時速四十粁の、巾員約八メートルの良好なアスフアルト舗装道で、英彦山方面、津野方面共若干の下り勾配を形成し、見とおしは津野方面が略直線状をなして良好なるに反し、英彦山方面は右に大きくカーブし住家に遮られて見とおしが悪く、車輛の交通量は福岡県郡部としてまず普通程度であることが認められる。そこで先ず主位的訴因(道路交通法第百十九条第一項第二号、第四十二条違反)について検討するに、道路交通法第四十二条に徐行すべき場所として規定されている「道路のまがりかど附近」には本来交差点におけるまがりかどは含まれないと解すべきであるのみならず同法第三十八条、第四十条等において交差点附近の場所が特記されているのに反し、同法第四十二条にその記載がないことに徴しても交差点から多少はみ出した交差点附近の場所は徐行すべき場所を規定した同法第四十二条の規制の対象外と認めるのが相当であると解せられるところ、被告人車の衝突停止地点がいわゆる始端結合説側線延長説、始端垂直説等変形交差点の範囲についてどのような定め方を採つても交差点内に存在せず交差点附近の場所に該ること前認定のとおりである以上被告人車の道路のまがりかど附近における徐行義務違反を内容とする本件主位的訴因は犯罪の証明がないことに帰着し、他に被告人の徐行義務違反の事実を認むべき証拠はない。次に予備的訴因(道路交通法第百十九条第一項第九号、第七十条後段違反)について判断するに、道路交通法第七十条後段はその規定の仕方が抽象的で明確を欠くところから、拡大解釈防止のため同条後段により可罰的とされるのは当該具体的な交通状況のもとで一般的にみて交通事故発生の蓋然性が大きい危険な速度方法として非難に価する運転行為に限られると解すべきところ、被告人が減速徐行の安全運転義務を怠つたとされる衝突停止地点及びその進路前方交差点は成程右側の英彦山方面に対する見とおしがきかない場所であることは間違いないのであるが、だからといつて直ちに交差点突入前である右衝突地点を減速徐行することなく制限速度内である時速約四十粁で通過しようとした被告人の運転行為自体を目して一般的に交通事故発生の蓋然性が大きい危険な速度方法として非難に価するものと評価することは判示認定の状況に照して必ずしも妥当でなく、他に被告人の安全運転遵守義務違反の事実を認むべき証拠はないところからすれば本件交通事故発生の原因は専ら城戸チヱ子の道路中央線を越えて車輛を運転した行為ないし前方注視義務違反にあると認めざるを得ない。
してみれば本件は主位的予備的訴因共犯罪の証明なきものとして無罪の言渡をしなければならず、刑事訴訟法第三百三十六条を適用して主文のとおり判決する。